東京高等裁判所 平成元年(ネ)733号 判決 1989年10月19日
控訴人・附帯被控訴人 株式会社太陽神戸銀行
右代表者代表取締役 高見利夫
右訴訟代理人弁護士 長浜隆
谷口正嘉
松尾翼
小杉丈夫
内田公志
石井藤次郎
内藤正明
被控訴人・附帯控訴人 破産者東栄精工株式会社破産管財人 上野猛
主文
本件控訴及び附帯控訴をいずれも棄却する。
控訴費用は控訴人・附帯被控訴人の、附帯控訴費用は被控訴人・附帯控訴人の各負担とする。
理由
一 当裁判所も、被控訴人の本訴請求は原判決が認定した限度において相当であると判断するが、その理由は、次のとおり付加、訂正、削除するほかは、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決一〇枚目裏八行目の「右の事実」から同一一枚目表三行目末尾までを次のとおり改める。
「右認定の事実によれば、控訴人の石井支店長は、東栄精工の手形決済日における広嶋との電話でのやりとりや、東栄精工に派遣した部下の報告から、当日の東栄精工の手形決済には、一勧が融資を約束している一億二〇〇〇万円を計算に入れても、約六〇〇〇万円が不足しているものと判断し、その分につき東栄精工の一億円の通知預金から賄うこととし、急遽六〇〇〇万円の通知預金の払戻しを実行したものであるから、右六〇〇〇万円が東栄精工の手形決済資金のため払い戻されたものであることは明らかである。しかし、それ以上控訴人の石井支店長が、右払戻しの際に、東栄精工との間はもとより、一勧との間においても、手形不渡りが回避できなければ東栄精工は六〇〇〇万円を控訴人に返還する旨の合意をしたと認めるに足りる証拠はない。むしろ、この六〇〇〇万円が東栄精工の手により一勧の当座預金口座に振り込まれても、石井支店長が格別異議を述べていないことなどからすると、同支店長は、東栄精工の手形不渡りを回避するのに急な余り、広嶋の話しの内容などから、一勧が間違いなく東栄精工に一億二〇〇〇万円の融資をし、これにより手形が決済されるものと早呑み込みして、急遽東栄精工の通知預金から六〇〇〇万円を払い戻すことにしたものとみなければならない。そして、一勧が東栄精工に対する融資を行わなかつたことからすれば、むしろ、石井支店長は、六〇〇〇万円の払戻しに先立ち、一勧が真実融資を実行するかどうかについて確認をとつていなかつたものと推認される。
もつとも、前認定のように、一勧の西村支店長は、東栄精工の手形不渡り後、一勧に入金された本件六〇〇〇万円を翌日控訴人に返還しているけれども、これは石井支店長が西村支店長に対し、これを返還しなければ刑事事件として告訴するとまで迫つてその返還を申し入れた結果によるものというべきであり、これをもつて控訴人主張のごとき合意が予め存在していたものと認めることはできない。また、≪証拠≫中には、石井支店長は一勧において西村支店長に対し、一勧が六〇〇〇万円を手形の決済に充てず、これを控訴人に返還しないのであれば約束が違うと文句を言つていたとの部分があるけれども、前示のとおり石井支店長は、一勧が東栄精工に融資をするものと信じていたものと推認されるから、同人が西村支店長に対し右のような発言をしたとしても、前記認定と矛盾するものではないというべきである。
したがつて抗弁1は理由がない。」
2 同一一枚目裏末行の「相当である。」の次に「この点について控訴人は、一回目の手形不渡り事故は支払停止に当たらない旨主張するが、右のように支払停止は支払不能であることを外部に表明する債務者の行為と解すべきものであるから、支払不能という客観的状態が存在する以上、一回目の手形不渡りであつても、支払停止に当たるものと解するのが相当である。原審における調査嘱託の結果によれば、東栄精工は一回目の手形不渡りを出した後、昭和六〇年一二月六日から同月一六日までの間に合計五〇〇万円余の手形小切手を決済し、さらに、同月一六日と二〇日には合計六〇〇万円の預託金を積んで二回目の手形不渡りを回避していることが認められるけれども、右のように、東栄精工が一回目の手形不渡りを出した時点で既に多額の負債を抱え支払不能の状態にあつたことからすれば、その後東栄精工が合計一一〇〇万円程度の資金を調達して二回目の手形不渡りを免れているからといつて、右判断を左右することはできない。」を加える。
3 同一二枚目表二行目の次に行を改め、次のとおり加える。
「六 再々抗弁1について判断する。
(一) 控訴人は、六〇〇〇万円は当初から東栄精工の一般債権者への弁済に供される性質のものではなかつたものであるから、これを控訴人が入金したとしても一般債権者を害したことにはならず、このような債務をもつてする相殺には破産法一〇四条二号本文の適用はない旨主張する。なるほど、≪証拠≫によれば、東栄精工が控訴人から六〇〇〇万円の払戻しを受けこれを一勧の当座預金口座に入金した当時、一勧は東栄精工に対し三億円の債権を有していたことが認められるから、右の六〇〇〇万円は、手形決済資金に使われなかつたとしても、いずれ一勧により相殺に供される運命にあつたであろうことは想像に難くない。したがつて、控訴人がその後再びこれを入金したとしても、一般債権者の利害に何ら影響がなかつたかのごとくである。しかし、破産法一〇四条二号本文は、債務者が危機的状態にあることを外部に表明した後は、債権者は債権額に応じ平等に弁済を受けるべき立場にあるものとしているのであつて、一部の債権者がその後負担した債務をもつて自己の債権と相殺することは、たとえそれが当初から相殺に供されることが予定された債務であつたとしても、偏頗な満足を受けることに変わりはなく、その余の債権者の利益を害することは明らかであるから、そのことから直ちに同号の例外をなすものとは言い難い。本件の場合、控訴人は、東栄精工の通知預金からいつたん六〇〇〇万円を払い戻し、これが東栄精工の手を経て一勧の同社の当座預金口座に入金されたことは前認定のとおりであるから、この時点で右通知預金は六〇〇〇万円の限度で消滅したものといわなければならない。そして、右六〇〇〇万円相当の現金が控訴人の東栄精工の当座預金口座に入金されたのは東栄精工が手形不渡りを出して支払停止した日の翌日なのであるから、その預金の趣旨がいかなるものであつたとしても、結局これは、控訴人が東栄精工の支払停止後に新たな債務を負担したものというほかはなく、これと自己の債権との相殺を許すならば、他の債権者の利益を害することになるといわざるをえない。
もつとも、このように解すると、控訴人が東栄精工の手形不渡りを回避するため通知預金の中から手形決済資金として六〇〇〇万円を払い戻したことが結果的には裏目となり、他方東栄精工の一般債権者は予期しない利益に預かることになるかに見えるが、このような結果は、控訴人の営業上の判断に基づく当然の帰結であつて、これにより東栄精工の一般債権者が予期せぬ利益を受けたというのは当たらない。
(二) また、控訴人は、本件預金による債務負担は、控訴人からの預金の払い戻しに始まる一連の行為を完結するものであり、破産法一〇四条二号但し書きにいう「前に生じたる原因」に基づくものであると主張する。しかし、六〇〇〇万円の払戻しから本件預金に至るまでの経過は前認定のとおりであり、それぞれの行為は別個独立の原因により行われた別々のものといわざるをえないから、これを一連の行為のものと見、本件預金による債務負担が「前に生じたる原因」による行為であると解することはできない。
(三) 以上の次第で、再々抗弁1はいずれも理由がない。」
4 同一二枚目表三行目冒頭の「六」を「七」と、同行及び同一四枚目表二行目の各「再々抗弁」を「再々抗弁2」と、同一四枚目表五行目冒頭の「七」を「八」とそれぞれ改める。
二 よつて、原判決は相当であり、本件控訴及び本件附帯控訴はいずれも理由がないから棄却する
(裁判長裁判官 千種秀夫 裁判官 川波利明 近藤壽邦)